第17回ポストM&A研究会の活動レポート

2022-08-01

合同会社あまね舎 代表 齊藤光弘氏講演

本日のテーマ「M&A後の組織・職場づくり」

今回は、合同会社あまね舎代表の齊藤さんをお招きしました。M&Aのプロセスをサポートするコンサルティングファーム/投資ファンドを経て、東京大学大学院にて、組織開発・人材開発について学ばれ、現在では独立し、立教大学大学院経営学部で「人材開発・組織開発実践論」の講義もご担当されております。幅広いご知見を基に『M&A後の組織・職場づくり入門 「人と組織」にフォーカスした企業合併をいかに進めるか』を2022年2月に出版され、本日は本書の示唆について講義をいただきました。

当日の内容をダイジェストでご紹介いたします。

 

はじめに~現在取り組みたいこと~
 「コンサルタントとして実践のサポートはもちろんですが、現場の皆さんが取り組まれていることを分析し、先行研究等々を整理することで、より現場に生かしていただける知見としてお届けできるものを生み出せないか、と考え研究の部分と教育の部分にも取り組んでいます。実践・研究・教育の各領域の橋渡しを行っていきたい、また、専門領域である組織開発について、考え方は基本的にアメリカから入ってくることが多いため、日本的な風土や組織文化を踏まえた組織開発スタイルの確立を行っていきたい、と考えています。」

 

組織変革・組織開発とは?
 「書籍の前提になる考え方ですが、 M&Aの書籍というと、ファイナンス・戦略の視点が多いですが、今回は組織変革・組織開発について、組織行動論、人の心理学的な要素に近いところから整理をしてみました。変革・開発も同じように捉えられる方もいらっしゃるかもしれませんが、自分は『ボトムアップ型』の組織開発というものを深めていきたいと思っているのでこの特徴についてお伝えしたいなと思います。組織変革は、どちらかというと『トップダウン型』であると思っています。M&Aはその最たるもので、それぞれの企業が持つ経営資源を活かして、シナジーを生み出せるように仕組み、体制を整えていくというところが組織変革的と考えています。一方で、組織開発は『ボトムアップ型』と感じており、M&Aでも、中にいる人たちのマインドセット、思いがうまくシフトしていかないと、既存の仕事のやり方に固執して新たなシナジーが生み出せなかったりします。メンバーの意識変化を促しながら定着させていくというのが組織開発的な視座になります。

 今回の書籍の共著である東京大学大学院時代の指導教官で、現立教大学経営学部教授の中原先生の言葉からですが、『組織開発とは、組織をWORKさせるための意図的な働きかけ』であり、この『働きかける』というのが重要です。組織開発には三つのステップがあり、「見える化」、「ガチ対話」、「未来づくり」です。M&Aにおいては、経営陣、投資担当、経営企画の意思決定によってディールが進んでいくと思っていますが、その中で巻き込まれる内部のメンバーがどういう思いを持っているのか、という話をしていくことがシナジーを生み出していく上で実は 重要なのではないかという示唆も見えてきました。組織は効率を重視して部分最適を目指していくほどバラバラになってしまうという側面もあり、様々な繋がりを取り戻して再統合していくということが、組織開発であると考えています。」

 

『M&A後の組織・職場づくり入門 「人と組織」にフォーカスした企業合併をいかに進めるか』
 「今回の書籍は、 戦略や経営企画等の観点というよりも、『人と組織』というところにフォーカスし、より価値生み出しやすくするためのアクションを提案しています。現場マネージャーや人事担当の方にもPMIのプロセスや重要なポイントについてお伝えできるように留意しています。M&Aのご経験のある315名へのアンケート、10社超のM&A経験者にインタビューを行って、PMIプロセスでの皆さんの葛藤・乗り越え方を伺いました。人の意識は合理的に切り替えられるものではないため、不安や葛藤を扱うことで見えてくるアプローチもあると思っており、オペレーションの面だけではなく、対話の進め方や現場マネージャーによる働きかけ等の具体的な取り組みについても書籍の中でお伝えしています。
 日本でのM&Aの成功率は36%と言われており、この数字を上げるためのアクション・知見をお伝えできると、日本企業やよりM&Aに積極的に取り組みやすくなり、価値を生み出しやすくなると感じています。M&Aには失敗パターンがいくつか共通してあります。「買った魚に餌をやらないパターン」においては、各社において、ディールの部分まで投資を行うが、PMIについては投資金額が一気に下がる傾向があります。PMIでも投資(ある程度の金額をかける)することで、シナジー創出の割合が高まるという調査もあります。

 また、今回M&AとPMIを捉える上で、組織変革・組織開発と同じくらい重要だと感じているのが、トランジションという考え方です。経営陣はディールに対する情報に早くから触れていることからトランジションは早い段階から始まりますが、現場の社員とは時差があり、この時差に経営陣や人事担当がマネジメントできる体制が取れると良いと思っています。三つの段階をいかにスムーズに進めていくかが、組織開発でサポートしやすい領域だと思います。

 また、書式の中では、PMIのプロセスにおいて重要な5つの観点をお伝えしています。

 ①について、先行研究では、目的やビジョンについて、10回言って、1回初めて現場に伝わると言われています。他の情報に埋もれないように、全社のチャンネルやマネージャーから現場へのチャンネル等、様々なものを活用し繰り返し伝えていくことが重要です。②、③についてはセットと捉えています。実際に対話の場をサポートしていて、どなたかが不安を口にすると、周りの皆さんも『自分だけではないんだとホッとした』という声もあり、自分の言葉で説明することで納得感が醸成されます。④では買い手が全てを独善的に進めてしまうと、売り手の心象も良くありませんが、ある程度のイニシアチブを取っていくというは、買い手として非常に重要です。⑤はお互いの良いところを学び合ってより良いやり方を考えていく、またどちらかではなく、第三のやり方を意識することが、組織文化を作っていく上で非常に重要だと考えています。」

 

アンケート調査から見える示唆
「最後にアンケート調査から見えてきた示唆について触れたいと思います。PMIにおける対話の重要性ですが、対話の機会が多いほど、M&Aの必要性、組織への愛着を感じやすくなるという結果が出ています。自分が発話する、 周りメンバーから伝えてもらうことで、M&Aの必要性、これからの可能性を自分の中で捉えやすくなるのではないかと思っています。」

 ※その他アンケート結果(書籍から抜粋してご説明いただきました。)


 

参加者との質疑応答

Q
「『PMIで投資をする必要性がある』という部分について、具体的にその投資はどんなことをすると一番よいとお考えですか?」

A
「まず、シナジーを出していく上で、『外部支援者を使う』ということは有効な手段と思います。統計的にも優位、意味がある要素になってきていて、M&A経験値がそんなに多くない会社、社内でM&Aの知見・ノウハウをためる仕組みがない会社については、最初タイミングで外部支援者を使ってプロセスのサポートしてもらうことが重要だと考えます。また、組織的な努力という点で、経営資源や業務の進め方の手続きとか組織文化とかそういうのを統合するために、『システムやコミュニケーションツールを合わせていく』などの投資も、最初のステップとしては大事だと思います。」


「『外部支援者を使う』ということに関して、組織や対話等の非常にソフトな面において、なかなかお金を使うっていう風に意識が向いていかないと思うのですけれども、ご経験された事例で、コンサルタント、プロフェッショナルが支援されることの具体的な内容についてご紹介いただけますか?」

A
「書籍の中でインタビューさせていただいた会社では、二週間に一回ぐらい、全社ミーティングのような場を持って、買い手側・売り手側のメンバーを、ミックスして対話の場を作り続けたところがありました。最初はやっぱり皆さんうまく話せなかったのですが、徐々に徐々に回を重ねるごとに話せるようになったそうです。その会社は社内でやっぱり専従でやられているような方がいるぐらい力を入れて、PMIのところに取り組まれていました。」

Q
「トランジションについて、一般的に言うとこのトランジションっていうすごく人間的なものの長さと、一方でトップが求める財務的な統合の長さっていうのがあると思っていて、トップの求める財務的な長さの中に、このトランジションの長さをコントロールできるのかどうかという、ぶつかりがあると思いますが、いかがでしょうか?」

A
「どんどん成果を出す期間が短期化しているので、そうなるとM&Aを通じての価値創出ってなるとじゃあコスト削減をするかリストラをするかっていう方向に経営者の皆さんの目線はなりやすくなるのかなと思います。その意味で、仰る通り、人間的な部分でじっくりと待つ時間軸と財務的な部分での早く成果を出すっていうところは、なかなか相容れないかなと思っています。最近私が個人的にも興味があるのが中小企業の事業承継のM&Aで、インタビューをする中でやっぱりかける時間軸が長いと考えています。上場していない企業だと、株主もステークホルダーも多くないので、時間をかけることで、より地に足の付いた、コスト削減だけではない価値創出につながりやすいのかなと感じています。」

Q
「経営側が決めた新しい方針に対して、しっかり共感をして、加えてある程度高い視座で自らの成長も志すっていうところが、実際問題かなりハードルが高い部分と思います。ある種の諦めや、変わっていただく人の取捨選択みたいなところも現実問題で生じるのでは思っていますが、どのように対応するのが良いでしょうか?」

A
「会社は一つの箱(法人)の中で、みんなが協業をしているので、価値観ですとかビジョンの方向性っていうのは共有した上で働くっていうのは、個人的にはとても大事だと思っています。共感できないのであれば、積極的に他社に移ってもらうなどの、『良い意味』での健全な流動性を担保していくことも重要です。最近だとYahooのように1on1ミーティングを取り入れている会社もありますが、会社として何を目指していて、社員の皆さんの変化をしてほしい方向性とか、それを阻害しているご本人の中での課題感などをしっかりと言葉として定時の面談などで対話することが重要だと思います。」

Q
「1on1ミーティングについて、もう少しお伺いしたいと思います。社員によっては合わない人もいるのか、それとも、やり方次第で有効に活用できるものなのか、見解をお伺いできますか?」

A
「やり方は非常に重要です。1on1ミーティング自体は非常に有効だと思っていますが、有効に実施できている会社はやっぱりまだまだ少ないです。上長自体のコミュニケーションとか傾聴とか問いかけとか、そういったところのスキルアップっていうのはセットになってくると思います。コーチングは、例えば部下が目の前の業務に没頭している中で、上長から問いかけを行うことで、一歩引いてメタ的に置かれている状況を捉えるのをサポートするはずなのですが、うまく機能していない事例が多いようです。上長が今までコーチング的な人材育成を経験してきていないのも大きいと思います。終わってみると、上長・部下ともに、何のための時間でしたっけ、みたいになってしまうのは良くあるパターンかもしれません。」


「売り手側の社員との対話は、どの階層の人たちまでか(本部長?もっと現場サイドの人達?)、また、その方たちが誰と対話をするべきなのかっていうところを改めてお伺いできますか?」

A
「先方(売り手側)対話に関心を持ってくださる方、キーマンになる方を見つけるっていうのはまず第一歩かなと思っています。その方お話する中で、どこの層までの対話がよりお互いが目指すシナジーを発揮しやすくなるかとかを探るといいかなと思います。理想的には全てのメンバーが一同の場に介して話をするっていうのが非常に大事で、そういうプロセスを持てると、会社は自分たちのことに関心を持ってくれて意見を表出する場を設けてくれているというメッセージにもなります。いくつかのレイヤーを設定して、多層的にアプローチし、対象に応じて話のテーマを変えていくような“対話のデザイン”が重要になってくるかもしれません。」


「『全てのメンバー』というのは、先方のキーマンや先方の経営陣が主催をしていくのがベストだとお考えですか?」

A
「先方を子会社化した後の話ですね。キーマンになる方もされるのもいいと思いますが、買い手のキーマンも参加されるといいと思っていて、買い手側から、先方への期待を伝えることで、「そういうところをうちの会社買ってくれているんだ」という意図が伝わりやすくなると思います。」


「書籍の中に、M&A件数の推移で、米国は日本に比べて4倍以上多いという内容があったと記憶しており、日本はM&Aの知見を貯めにくい、というのもあって、件数の差が開いていているという文章展開だったと思います。米国の方が知見を貯めている、という認識があまりなかったのですが、実際そういう事情で差が開いているという考察をされていますか?」

A
「日本は働き方・雇用形態の違いもあり、どんどんローテーションして動いていくので、あるM&Aを担当されていた方が次にはまた営業に戻り、違う役割を経験されるなど、移り変わりがあることで知見が貯まりにくいのに対して、米国はジョブ型なのでそれを専門にして取り組んでいくポジションの人がいるので、知見は貯まりやすい気がしています。実際に経産省が分析したクロスボーダーM&Aに関する資料でも、そういった内容があったように記憶しています。」

Q
「著書の中で、NGワードリストの話を拝見しました。NGワードリストについて、どのように作っていくか、あるいは具体的な文言についてご教示いただけますか?」

A
「買い手の側からはあまり気にならないような、分かりやすい所だと『買収』、『グループイン』、『子会社』など、ちょっとした言葉の一つ一つが、子会社・グループインする会社からしてみると、つい気になってしまうところがあるように思います。書籍の中にもいくつか事例を出していますが、自分たちが買収された側になった時に、どういう風に言われると、どういう扱いをされると嫌かな、というのをM&Aのチームで話してみて、自社なりのNGワードリストを作っていくやり方も一つあるのかなと思います。」

以上

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