M&Aインタビュー #1 日本政策投資銀行 梶村さま

2019-11-19

当社団では、研究会開催に加えて、メインの活動として、M&Aプロフェッショナル インタビューを行います。各界のM&Aプロフェッショナルにご協力いただき、M&Aに対する想いや、大事にしていることをお話していただきます。読者にとって、M&Aに関するご自身の考えや哲学を振り返るきっかけになれば幸いです。


第1回目は、2019年10月31日に、日本政策投資銀行 梶村毅さまにインタビューさせて頂きました。

株式会社日本政策投資銀行 企業投資部 担当部長
DBJ投資アドバイザリー株式会社 取締役
梶村毅さま

1994年 日本開発銀行(現株式会社日本政策投資銀行)入行、2010年企業投資グループ(現企業投資部)課長、2018年から現職

座右の銘:ピンチはチャンス


Q 大学卒業後、日本政策投資銀行(以下、DBJ)に入社されていますが、大学時代からM&Aにご興味がありましたか?

実は、大学時代はビジネスには関心があまりなく、政治学を学んでいました。大学4年生のゴールデンウィークまで、大学院に進学して研究者になりたいと思っていたぐらいです。一方で、政治学のゼミの先生が、政治改革に関して、精力的に活動されている方で、その姿を見て、政治の外側から意見を言うことにある種の“難しさ”も感じていました。いろいろ悩みましたが、「自分としては、正しいことを言ってもなかなか実現しないよりは、小さいことでも自分の力で実現できて、それが良いことになる方が性に合っているのではないか」と考え、研究者の道をやめて、就職することに決めました。

 

Q 就職活動では、どのような業界を考えていましたか?

それまでに業界研究も特にしておらず、特定の業界に興味があるわけではありませんでした。ただ、業界横断で日本の役に立つ仕事がしたい。そういう想いがありました。そして、初めに門を叩いたのが、シンクタンク業界です。総研系のコンサルティング部門を中心に関心を持ち、就職活動をしました。ただ、企業の方と実際お話をしたり、企業研究をしたりしていると、どこか“遠さ”を感じてしまいました。クライアントの中で結論があり、そこに導いていこうとしているような気がして、自分の求めているものから少し遠いと感じました。自分は、もっと、クライアントと一緒に悩み考え、その先に一緒に新たなものを作っていく、いわばアウフヘーベン(止揚)があるような仕事がしたい。そう思っていました。

 

Q 最終的にDBJを選ばれたのはどうしてでしょうか?

もともと金融自体に興味があったわけではありませんでした。就職活動を進めるにあたり、広く日本のことを考えられる会社として応募した1社が日本開発銀行(現DBJ)でした。面接時も、金融の話は全くせず、面接官とは国際政治の話ばかりでした。面接官も、国際政治にご関心のある人で非常に話が盛り上がった記憶があります。そして、何より興味を持てたのは、“政策金融”というキーワードです。金融を政策の手段として使うという考えです。もともと、政治学を学んでいたので、政策に携われることが魅力的でした。そして、金融を手段として、日本のために役立つことを横断的な視野でやれると考え、入社を決めました。

 

Q 入社されてからすぐにM&Aのお仕事をされているのですか?

1994年の入社時はM&Aという言葉すら知りませんでした。当時は、M&Aが日常用語にまだなっていない頃で、「海の向こうの世界の話」でした。入社して、大蔵省に出向して、DBJに戻ってきて、5年ぐらい審査部にいました。企業向けの融資を担当していて、業務ではM&Aに直接的には携わっていませんでした。

初めてM&Aにかかわったのは、2003年で、入社10年目でした。審査部員として、日本企業同士の事業統合に対するエクイティ投資の審査を担当したときです。国際的な競争が厳しく慎重な評価が求められるものの、我が国産業の競争力強化につながるM&Aになり得るということで、じっくりと審査を行うことになりました。エクイティ投資のご相談でしたので、いわば買い手の一角として、このM&Aが上手くいくかどうかを、当事者としての意識をより強く持ち、より真剣に考えるきっかけになりました。

 

Q そのお仕事で、梶村さんが担った役割は何でしたか?

当時の上司である課長と、自分の2人チームで担当しました。実務は自分が担い、情報収集からデータ分析、インタビュー、資料作成など、1通り行いました。インタビューは、統合会社の社長始め経営陣はもちろん、販売先、調達先にも行いましたし、証券アナリストとも議論を重ねました。3ヶ月間で、実務をほぼ一人で担ったので、スケジュールがタイトだったことを覚えています。

 

Q いわゆる「M&Aの仕事」と「融資の仕事」では、どのような違いがありましたか?

自分はエクイティ投資もM&Aの一種と考えています。その立場から見える景色は、貸付人の立場からとは違ったものがありました。

まず、財務の観点では、同じものを見ているようで全然違うと思いました。融資の場合、法律上、債権者として優先的に弁済を受ける立場にあります。なので、事業の安定性を重視し、一定の水準を越えている限り、ある意味「割り切り」が出来ます。しかし、株主になると違います。企業価値が1円でも上がったり下がったりすれば、自分たちが持つ株式価値に直結します。見るべきポイントやそれに対する見方が変わることを、実感しました。

また、経営の観点では、融資だと、普段は経営に対し口を出す範囲が限られます。一方で、株主の場合は、経営により近い立場にいて、より広く、より深く口を出すことが出来ます。しかし、どこで・どこまで口を出すかの加減が重要です。口を出し過ぎては事業を殺してしまいますが、ガバナンスやサポートが有益なときもあります。先程の統合会社の件では、DBJはマイノリティ出資でしたが、その立場ですら、株主目線でモノを考えることを通じ、口出し加減の重要性を感じました。また、「経営に正解は無い、選択を自分たちで正解にしていくのが大事」。経営者にはそのような情熱ある姿勢が重要であり、株主においてはその姿勢を深く理解することが重要です。加えて、株主自身の口出し加減についても正解はなく、ときには経営者や従業員とともに正解を創っていく姿勢が重要です。これは、融資との距離感の違いだと感じました。

まとめると、M&Aの仕事は、財務も見るし、経営も見る。そして、必要なときには深いところで当事者としても関わる。それが「M&Aの仕事」の特徴だと思いました。その後、企業投資部というフロントに出て、それを痛感する毎日です。

 

Q 梶村さん個人としては、「M&Aの仕事」と「融資の仕事」、どちらがご自身に合うと思いましたか?

投資家としてM&Aに関わる方が合うと思いました。自分の志向としては、遠くから見るだけより、当事者に近づいて、企業の成長や、課題解決に貢献がしたい。もちろん、融資の仕事でもそれは出来ますが、ポイントを絞ることでより多くの案件に関わることや、テクニカルなファイナンシャルスキルにより多くの時間を使うことが求められることが多いように感じています。自分は投資を通じてM&Aの当事者となることで、お客さまの課題解決へのサポートにより多くの時間を割き、より深く関わることに興味を持っています。

 

Q 「業界横断で日本の役に立つ仕事がしたい」という想いに関して、国の仕事のように経済全体・業界全体のサポートではなく、個社向けのサポートをお仕事にしているのはなぜでしょうか?

大学卒業後の選択肢として、確かに官庁に就職することも考えました。しかし、やはり自分は“近さと遠さ”の観点が重要で、個社を支援する仕事の方が合うと考えました。その考えは今振り返っても、合っていたと思います。

過去、あるファンドとバイアウト案件を行ったことがあります。クロージング日に、対象企業の本社に行って、社員全体に挨拶をしました。見渡すと300人がこちらを見ていました。従業員のご家族を含めたら、1000人を超えるでしょう。その時、「自分はこの人達、そして、この人達の後ろにいる家族全員に対して、責任を負うのだな」と感じました。間違った方向に会社を持っていけば全員が不幸になる。良い方向に持っていければ全員が幸せになる。そういうことを考えました。

投資期間中は様々な苦労を共にしたのですが、結果、業績が伸び、数年後に良い形で新しい株主へバトンタッチ出来ました。クロージング日にホッとしたことを覚えています。従業員の運命に関して、自分の役割が果たせたと感じました。そしてその晩、打ち上げをしました。最後に対象企業の方から、「これまでDBJに大変お世話になりました。これからもっと成長して、いつか『あのタイミングで(弊社を)売ってしまったが、早まった。損をした』と思ってもらえるようになりたいです!」という挨拶を頂きました。過去と未来に対する前向きな気持ちということで、これが1番嬉しく感じました。個社を支援しているからこそ得られる経験だと思います。

 

Q 最も印象深いM&A案件は何でしょうか?

自分が関わった案件はそれぞれ印象深いのですが、先程お話ししたバイアウト案件は最も印象深い案件の一つです。あるファンドと共同で100%出資しました。DBJはマイノリティ出資ながら、ファンドと同じように自分が取締役になり、ハンズオンで関わりました。このスタイルの出資は、当時、DBJでは事実上初めての案件でした。クライアントのニーズにこたえるなら、そういうパターンもやってみるべきではないかという議論がDBJ内で行われ、自分たちの可能性を試す機会としても、非常に重要な案件でした。

事前に成長シナリオを描いて投資したものの、想定外なことがたくさんありました。DDをして分かった気になっていても、実際株主として関わると、意外と違うこともあります。課題解決をサポートする過程で、現場からの抵抗という印象はありませんでしたが、それでも課題解決の過程で混乱や反対はありました。しかし、対象企業の方々が真摯に取り組んだ結果として、業績を劇的に伸ばすことができました。投資後にリーマンショックが起き苦しい時期もありましたが、対象企業の方々と、一緒に困難を乗り越えて、以前よりも、より強い企業になったことが嬉しく思います

 

Q DBJが対象企業から期待されていたことは何でしょうか?

初めは、成長をサポートしてほしいという全般的な期待はあったものの、具体的な想定があったわけではなかったように思います。対象企業の方にとってM&Aされるのは初めて、DBJにとってもこのスタイルは初めてでしたから。ただ、振り返ってみると、1番お役に立てたのは、他業種でのプラクティスの紹介です。例えば、コーポレートガバナンス・経営管理。組織図をいじる話だけではなく、具体的な論点の立て方・議論の進め方や人材の補強まで、問題提起やサポートをすることで貢献できたと思います。DBJはモノが作れるわけではないですし、正直、本業に直接提供できるものは多くないかもしれません。しかし、同業じゃないからこそ提供できるものがあります。我々が、業界横断で様々な企業とお付き合いがあるからこそ、ご提供出来る価値があります。他業種でのベストプラクティスを知っています。問題提起ができます。それによって一緒に企業価値を上げていくことができる。それがDBJです。

また、DBJが関与する以上は、対象企業の方々が今のままでは解決できないことを、DBJが関与して一緒に解決することに意味があると思います。つまり、これまでの株主と一緒に課題に取り組み、残った課題を、新しい株主であるDBJと一緒に解決する、ということです。これは、DBJが株式をお譲りするときも同じです。DBJと一緒に課題に取り組み、残った課題を、新しい株主と一緒に解決して頂ければと思います。しかも、我々自身の利益だけではなく、対象会社のためになる形で解決したい。つまり、我々だけのためのM&Aではありません。売り手・買い手・対象会社が「三方良しになるM&A」が目指すべきものだと思います

 

Q 一方で、DBJも株式会社なので、営利を求める必然性があると思うのですが、投資先との利害関係について社内で議論になることはありますか?

確かに、「綺麗事を言うばかりではなく、投資に対して、適正なリターンを出さなければいけない」、そういう議論も過去からあります。それもその通りです。しかし、DBJの文化として、自分たちだけにメリットがあるということを良しとしていません。「三方良し」があってこその適正リターンを目指すべきだという考えがあり、そこが私のDBJを好きなところでもあります。短期的でしかない利益を求めるのではなく、対象企業の中長期的成長を支援する。その中で、自分たちが価値を出し、その成果を分け合う形で適正リターンを求めていく。そこに向かってともに誠実に取り組むことが大事だと思います。

 

Q 梶村さんが関わっていない案件で、印象深いM&Aはありますか?

JTのギャラハー買収です。「JTのM&A 日本企業が世界企業に飛躍する教科書」という本で読みました。日本企業による海外買収の成功例として有名ですが、私が感銘したのは、JTもM&Aを通じて学び変わったという点です。「適正なガバナンスを前提とした任せる経営」が成功の秘訣と言われますが、その背景には、買収側であるか被買収側であるかに関わらず、企業理念実現のために、お互いの良いところを認め、学び合う姿勢があると理解しています。M&Aでは通常資本構成上の上下関係が出来ますが、ビジネス上の関係はまた別の話です。1+1を3にしなければならない。そのために、買う方も良い方向に成長できる。買われる方も、また同じです。それを実践した好事例だと思います。M&Aを通じて、上から目線ではなく、自分たちも変わった。その姿勢が素晴らしいと思います

 

Q M&Aの中で⼤事にしていること、⼤事だと思うことは何でしょうか?

私は、M&Aを「支配権を取って、傘下に入れる」という狭義の意味ではなく、もっと広義で解釈しています。M&Aとは、買い手と対象会社との間の新結合です。資本関係を持ち、より近い関係になり、新しいビジネスが生まれる。支配権が移動するか否かはその形態を現すにすぎず、本質ではない。せっかく結合したなら価値を追求していく。それがM&Aです

これを踏まえて、M&Aで大事だと考えていることがいくつかあります。まず1つ目に、M&Aクロージング後に、お互いが学び合い、成長できるか。“お互い”という点が大事です。一方方向ではなく、双方向で学び合い成長できることが大事です。先程のJTのギャラハー買収は、この点で非常に感銘を受けました。

2つ目に、学び合い成長できる関係の前提として必要なのは、相互リスペクトがあるということ。どんなに正しいことを言っても素晴らしいノウハウがあっても、心理的抵抗感があれば学び合いも成長もできません。逆に、リスペクトさえあれば、“同じ船”に乗れる。問題をどうやって解決できるか?を一緒に考えることができる。後は、努力や技術を積み込めばいい。仮に当初描いた絵が違っていた場合でも、相互リスペクトがあれば、また一緒に新しい絵を描くことができます。

3つ目にM&Aは“結婚”であるということ。結婚後のほうが大変だったり、知らないことも多かったりしますよね。M&Aも同じです。相互リスペクトのもと、一緒の船に乗っていれば、喜びも悲しみも分かち合い、困難に一緒に立ち向かうことができます。ちなみに、イグジットは“離婚”のようだと感じることもあります。円満なイグジットには、投資以上に努力が必要ですよね。DBJの投資はイグジット前提なので良く感じるのですが、イグジットすべきタイミングの一つは、DBJが付加できる価値が薄れたときだと思っています。一緒の船に乗って解決すべき課題は解決してしまい、もはや一緒に課題解決する意義が薄くなってしまったとすれば、そこにはむしろデメリットが生じてしまいがちです。そのときは、お互い距離を置き、新たなパートナーと組んだ方が良いこともあるでしょう。もちろん、そうでない方が良いでしょうが(笑)。”卒業”と言った方がよいかもしれませんね。

取材・写真 MAVIS PARTNERS株式会社

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