第15回ポストM&A研究会の活動レポート

2022-04-01

小田急電鉄株式会社 経営企画本部グループ経営部 富樫氏・米田氏講演

本日のテーマ「事業会社における0からのM&A部門立ち上げの成功の秘訣は何か?」

今回は、小田急電鉄(株)グループ経営部の富樫さん・米田さんをお招きしました。小田急のM&A担当として、ノウハウ0からM&A担当部門を立ち上げ、8年間で4件の買収実績を築いてこられました。今回はそれらで培った知見から、これまでの良かった点(Keep)や課題点(Problem)、経営陣との関わり方、M&Aの振り返り機能、独立部門の長所と短所などについてお話を伺いました。

当日の内容をダイジェストでご紹介いたします。

 

はじめに~小田急電鉄のM&A担当の紹介~

「私が所属する小田急のM&A担当は8年前に設立され、現在は経営企画部門の中にあるグループ経営部に所属しております。グループ経営部では、グループ各社の経営管理のほかに海外事業、M&Aなどを担っています。小田急のM&A担当の歴史としては、8年前の2014年に事業企画部が発足した際、その中でM&Aの取り組みが開始されたのが最初でした。
現在の小田急の大まかな方針とM&Aの状況としては、小田急では「長期ビジョン2020」にて、2020年に向けて成長の種を播き、育てていこうという方針を掲げています。その中には既存事業の沿線外進出や、新規事業の拡大、海外進出などが考えられますが、一つの手段としてM&Aも活用していこうという位置づけです。ただし、足元の2021年からは「UPDATE小田急」という方針に転換し、コロナを受けての影響を反映して、まずは2024年までの3年間を「体質変換期」と位置づけ、事業ポートフォリオの再構築や有利子負債のコントロールなどまずは整理をしていく方針で、コロナの発生以降はM&Aの実施を一時的に中断している状況です。そして、その後に位置付けられている「飛躍期」として、M&Aの活用も含め、新たな事業の創造をしていきたいと考えています。」

 

小田急が取り組んできたM&A~3つのフェーズに分けて~

「続いて、小田急が取り組んできたM&Aを、2014年以降の8年間を導入期、習熟期、変革期の3つのフェーズに分けてお話します。第一フェーズの導入期には、2015年にUDSというホテルの運営・建築設計を担っている企業を買収しました。さらに、2016年には白鳩、2017年にはジェネリックコーポレーションという2つのECの企業を買収しています。その後第二フェーズの習熟期では、人材派遣会社のヒューマニックを買収しました。しかし、その後、コロナ禍が発生し、当初予定していた変革期に当たる2021年まで今のところ実績がないという状況です。」

 

M&A担当が経験した良い点(Keep)と課題点(Problem)

「小田急のM&A担当はM&A未経験者のみで発足し、現在もプロパー社員のみで構成されています。そうした中で、右も左もわからない状況でしたが、既存領域・周辺領域でどの領域を狙うか、経営層と密に連絡を取りながら、当初は基本的には持ち込み案件の検討を行ってきました。このような状況で発足したM&A担当ですが、導入期の良かった点(keep)は、①案件獲得までのノウハウ獲得、②経営層との対話、③持ち込み案件の精査の精度の向上の3点が挙げられます。①の案件獲得までのノウハウ獲得に関しては、M&A担当が独立した部門で動くことができたため、最初の導入期の時点で実際に案件の検討を進めることが可能となり、成約までのところでデューデリジェンス、契約の調整など、M&Aにまつわる業務はある程度ノウハウを獲得し、現在ではビジネスデューデリジェンスまでできる範囲が広がっています。②の経営層との対話に関しては、案件が持ち込まれると、すぐに経営層と対話し、方針を経営層と固めることができていました。③の持ち込み案件の精査の精度の向上に関しては、経営層と対話するだけでなく、金融機関にも方針開示して対話を重ねたことで、案件自体も入ってくる精度が向上したと考えています。

 

一方で、導入期の課題(Problem)としては、ノウハウ獲得まで期間を要したことや持ち込み案件の検討に留まってしまったことなどが挙げられます。ノウハウ獲得に関しては、3年という時間をかけて3件の買収を実行してきましたが、外部の人材も活用すればもう少し時間を短縮できたのではないかと考えています。また、持ち込み案件の検討に留まってしまった点については、当初から仕掛け案件をやりたいという話はしてきましたが、実際にはできていなかったという次第です。導入期は、M&Aを実施する点については問題なく、知見を獲得できたものの、効率的・効果的という点で課題が残りました。
そこから第二フェーズの5年目から7年目の習熟期では、ようやく買収候補先をリストアップし、こちらから訪問するという仕掛け型M&Aまで実行できるようになりました。また、PMI計画の策定・実行という点で、M&A実行時の入念なビジネスDDや買収後の計画の修正・実行を、被買収企業の経営者と対話しながら行えるようになりました。第二フェーズの習熟期では、導入期にはできなかった攻めのM&Aを成立させるところまでは問題なく実行できるようになりました。

 

続いて、第二フェーズ以降もある課題としては、全社戦略とM&A戦略の連動性、M&A担当の過重な負担などがあります。全社戦略とM&A戦略の連動性に関しては、M&A担当が独立した部門であったことの弊害です。全社戦略では個別具体的に攻めていくべき領域が示されているわけではなかったため、担当なりに全体戦略を読み解いてM&A戦略を策定している状況でした。また、M&A担当の過重な負担については、買収企業が増えるほど、買収後の管理もM&A担当が担っているため、負担が増加してきています。買収後には買収先の経営コントロールや社内の事業部やコーポレート部門、グループ各社との連携をM&A担当で行わなければならず、M&A実行前からPMI体制を整備することが重要であると認識しています。

 

次に、第三フェーズである変革期(現在)は、M&A戦略の位置づけを見直すことを検討しています。これまで小田急では、M&A担当が全社戦略をどう事業戦略・参入戦略、最後にはM&A戦略に落としていくのかを常にボトムアップで検討しており、対象領域の設定・今後の成長領域の選定等を行っています。そのため、いざ買収したあとのPMIを進めるとなると経営層や関連部署、関連グループ会社のトップに連携策を進めていく際にコミットメントが得にくいという問題があり、M&A担当が主体的に動く必要性が生じたり、M&A担当に業務が集中したりしている状況です。未だ課題はありますが、当社ではこの型を「ボトムアップ型M&A」と言っています。今後についてはPMIを見据えたM&Aを実施する必要があり、当然M&A戦略はM&A担当で検討するが、その基盤となる全社戦略や事業戦略は担当部門や事業部と連携して解釈を進めていく必要があります。

 

これまでのM&Aを振り返ると、小田急の場合は各部門が社内のトップと話して施策を練りM&Aについて把握しておき、施策をトップダウンで実行していく方がやはり動きやすいため、PMIの実行力を強化するためには「トップダウン型」のM&Aを進めていくことが必要と考えています。今後の具体的な体制の進め方としては、小田急はM&A担当のみでほぼ業務を行っていたという特殊な事情があるため、各部門の方にもM&A業務に参加して頂きたいと考えています。戦略策定時点から各部門を巻き込むなど、各部門の成長手段の一つとしてM&Aを認識して頂き、事業部門とのコミットメントを得ることがPMIにおいても必要になってくると考えています。現在、小田急ではこの認識に基づき、全社戦略を取りまとめる中期計画の担当者が事業ポートフォリオの再構築の手段としてM&Aをどう活用できるのか理解を深めようと準備を進めています。また、来年の夏ごろまでには、各部門のトップにも周知していき、M&Aに関する社内コミッティを形成していきたいと考えています。」

 

社内で機能してきたM&Aの振り返り

「今回講演しているようなM&Aに関する成果や知見を経営層にモニタリングの報告をすることは実は難易度が高いことだったと感じています。M&Aに関しては定期的にモニタリング報告という形で年に一度経営層に報告するタイミングがあります。そのため、M&Aを年間どのように進めてきたのか、PMIの進捗について報告する機会があります。加えて、M&A戦略を立てる前のKeepやProblem、M&A戦略や体制に関する提言を経営層に対して不定期にさせて頂いているという状況です。当然ながら数字に関するフィードバックが多いですが、M&Aに関する部分はM&A担当の視点で実際にあった学びや課題を報告することを心がけております。また、失敗した点も資料で報告して、M&A担当が再認識・再確認する場としてはうまく活用できている気がします。
加えて、戦略が重要であることは間違いありませんが、やはり経営層のコミットメントがポイントであると考えています。経営層のコミットメントさえ取れれば良くも悪くも計画自体は動かせてしまうため、その連携は我々としては密にやってきたと考えています。」

 

ボトムアップ型M&Aとトップダウン型M&Aに対する考え方

「小田急ではボトムアップ型M&Aを行ってきましたが、良くも悪くもM&A担当のみで進めるしかなく、他との連携は取れない状況でした。そのため、我々が実績を残し、Keep・Problemを蓄積し、M&Aを有効なツールにしようという判断がありました。また、当初のM&Aを担当する事業企画部が副社長直轄の部署でしたので、事業企画部が独自に考えた戦略を副社長までコミットメントを取っておけば動きやすい状況でした。ただ、これを踏まえて現在は全社戦略が必要だという流れになっているので、あるべき姿は全社戦略に基づくトップダウン型ではないかと考えています。以上で、プレゼンは終わります。」

 

参加者との質疑応答

Q
「小田急さんの場合、経営層は全社戦略とM&A担当チームの動きをどこまで把握できているのかという点についてお伺いしたいです。」

A
「M&Aの戦略は定期的に経営層に伝えており、役会でも報告しています。そして、具体的な案件が動いた都度、承認を得ています。そのため、買収対象として狙いに行く企業像の承認を得ておく部分と、実際にそういった企業の案件が来たら詳細に連携を取りながら買収できるか検討を進めるという二段階に分かれています。」

Q
「これまでやってきたM&Aに対して良かった点(Keep)や課題点(Problem)の振り返りをしっかりとされていましたが、どの会社さんでもできていることではないと思います。なぜ、小田急さんでは、このような振り返りができているのでしょうか?」

A
「M&Aに関しては年に一度、モニタリング報告という形で経営層に報告するタイミングがあります。こうした制度があるため、必然的にKeepやProblemに立ち返る機会を設けることができています。また、M&A戦略の進むべき方向や、構築するべき体制に関する提言などは、経営陣に対して不定期でさせて頂く機会があるため、ここでも振り返りができています。」

Q
「当初、経営企画部門が思い描いていたシナジーと実際のシナジーが異なる場合、どのように対処しているのでしょうか?」

A
「この点は我々の課題でもありますが、事前に買収後に関連する部署、特にその部門のトップや経営層には想定しているシナジーを認識しておいてもらうことが大切と考えています。その上で、買収後、その方たちがトップダウンですぐに実行に移していける体制を築くべきと考えています。」

Q
「M&Aの際、財務部門との連携をどう構築しているのでしょうか?また、単独でのM&Aのほかに、共同投資なども視野に入っているのでしょうか?」

A
「一点目に関しては、コロナ以前は小田急では全体で400億円という「成長投資額」を定めており、この中でM&Aに振り分ける額を全社の中で共通認識として持っていました。そしてM&A戦略を練る中で、この領域の案件にはいくらかかるかなど、案件が来た際には財務部と密に連携を取っていました。
二点目に関しては、当初、小田急ではM&Aをするなら連結を前提に考えてきました。しかし、現在掲げている「UPDATE 小田急」という経営ビジョンの中では、全社で売上6,000億円という目標からは転換しているため、目指す数値目標も変わり、共同投資も選択肢の一つに入ってくるのではないかと考えています。」

Q
「なぜ、全社戦略やパーパスを基軸とせず、ボトムアップ型でM&Aを検討しようと考えたのでしょうか?また、ボトムアップ型で成功するためのポイントはありますか?」

A
「正直なところ、M&A担当でM&Aを進めるしかなかったので、ボトムアップ型で、自分たちで実績を残し、M&Aに関するKeepやProblemといった知見を蓄積しなければならないと考えました。ただ、M&A担当が所属する事業企画部が副社長直轄の部署だったため、ボトムアップ型とはいえ経営陣まで動かしやすい状況にはあり、こうした経営層の協力がボトムアップ型を機能させるためのポイントだと感じました。」

Q
「買収した企業に人材を送る際にどのようなチャレンジがあったのでしょうか?」

A
「例えば、EC企業を買収した際には、こういった人材を送り込みたいという理想像はありました。しかし、実際に人材を送り込めたのは買収して数か月経過したタイミングであるなど、理想との乖離は生じています。この点は今後人事部との協議・調整が必要であると考えています。」

Q
「今後M&A担当の人員が増えそうでしょうか?また、外部人材の登用も検討しているのでしょうか?」

A
「コロナで打撃を受けている現状では、M&A担当の人員拡充は難しいという感覚でいます。また、M&AをM&A担当だけで実施するのがよいことなのかという点については気になっていますが、現在は、役割分担の整備の仕方・役割の切り離し方での解決が重要と考えています。具体的にはPMIなど、事業部に近い部分は事業部に移していくというイメージです。外部人材の登用に関しては、現在は行っていないのですが、小田急では他の分野では中途人材の登用も進んでいるため、今後はプロフェショナルの活用もなくはないのではないかと考えています。ただ、実務面に関しては社内の人材で対応可能になりつつも、戦略策定面においては外部の視点を取り入れることの重要性も認識しており、これらをどのようにバランスさせていくかは引き続き検討してまいりたいと思います。」

Q
「M&Aに関して、事業部の協力を取り付けようとする際、事業部は普段の業務で忙しいという事情もあり、そこにさらにM&Aの勉強や業務をしなければならないことに反発を受けるケースがあると聞いたことがあります。こうした点にはどのように対処してこられましたか?」

A
「関連する事業部の全員にM&Aの全容を把握していただくことが正直困難だと考えていますので、30~40代のキーマンのコミッティを作り、そこから上層部に上げていくことを考えています。小田急の企業風土上、組織経営に長けているため、このような作戦を立てています。」

Q
「M&Aに関して事業部とどのように認識を揃え、社内営業として経営陣の注意を引き付けているのでしょうか?」

A
「正直、事業部のグリップは我々もできておらず、これからやっていきたいと考えています。
経営陣との関係については、定期的なモニタリングに加え、年間3~4回M&Aに触れる機会があります。子会社の業績を報告する際に、会社情報にM&Aに関する事項を組み込んで小出しにしていく形でコミュニケーションをとっていたのはよかったと思います。」

Q
「事業変革を試みる際に、他の部門や経営層とどのようにコミュニケーションをとっているかお聞きしたいです。」

A
「現在、小田急でも事業ポートフォリオをどうするか、そのためのM&Aをどうするのか練っている最中です。当社では、経営戦略部が中期計画や全社戦略を練っており、経営戦略部と連携を取りながらポートフォリオをどうするか一緒に考えています。経営戦略部からはM&A担当の気づきも取り入れつつポートフォリオを考えたいというお話をいただいているので、このようなことができています。
また、経営層への落とし込みという観点では、年に1~2回経営層合宿があり、そこで素材となるものをM&A担当で作り、経営層合宿で方向性を決めてもらっています。」

Q
「仕掛け型M&Aと持ち込み型M&Aを並行して行っていくことはリソース的に厳しいのでしょうか?あるいはM&A担当の立ち上げ当初は単にM&Aに慣れていなかったため、持ち込み型のみやっていたのでしょうか?」

A
「現状のリソースでは、仕掛け型と持ち込み型の検討はどちらも可能です。持ち込み案件はM&A担当がメインで取り組みますが、細かな作業はコンサルタントに手伝ってもらったり、アプローチでは仲介会社を使ったりするなど、外部に任せられる部分もあるので、現状のリソースでも可能になっています。
ただ、割合としては、仕掛け型が基本で、ターゲット次第で持ち込み型も多少やりたいと考えている状況です。そういった意味では持ち込み型に割くリソースの割合が減ってきているため、仕掛け型もやりやすくなっています。」

Q
「小田急さんは祖業が鉄道やディベロッパー的な不動産業であるため、投資対象の考察はNPBやIRRでやっていると思うのですが、こうした従来からの投資基準の影響でM&Aの判断に困ったことはありましたか?」

A
「影響はなくはない程度だと思います。ただし、鉄道会社という都合上、「安定運行」が見込めるビジネスが好まれやすい傾向がありましたが、コロナの影響もあり、もっと攻めていかなければというマインドに変わってきているとも感じます。」

Q
「M&A担当の立ち上げ当初は経営層もM&Aに関するリテラシーは0に近い状況からスタートしていると思いますが、言葉はおこがましいですが、経営層をどのように「教育」されてきたのでしょうか?」

A
「当初は案件ごとに経営層に入ってもらい一緒に考えるくらいの近さでやっていました。その後、軌道に乗ってくると経営層が入ってくる回数は減ってきましたが、大きなポイントでは経営層とのコミュニケーションは今でも欠かしません。経営層の教育という点では一緒の目線で学べてきています。」

Q
「M&Aも一種の新規事業であると考えれば、すでにある本業のど真ん中でやろうとすれば様々なノイズが入ってくるため、現在流行りの「両利きの経営」というスタンスからすると、「探索」部門は、最初は隔離しておき、後に本業ど真ん中である「深化」部門にぶつけていくというやり方を取ったのがよかったのではないかと考えています。この点について振り返られていかがですか?」

A
「独立部門では当初は、M&Aの理解を得にくく実績を作りにくいという側面もありましたが、ご指摘の観点では、独立して立ち上げるというやり方は100%間違いではなかったと考えています。
ただ、独立部門の弊害としては、年間に一件くらいはM&Aをやりたいという思いがあり、2~3年目まではその葛藤が続いておりました。」

以上

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